主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

道長たちが帰ると息吹は風呂に入った後疲れて眠ってしまい、晴明は少し仕事を減らすべく仕事部屋で巻物を広げていた。

…が、そんな穏やかな日常に水を差す来訪者。


「…ん?おかしいぞ、今は百鬼夜行の時間のはず」


庭からは、しばらくはここに来ないだろうと思っていた者の気配がする。

せっかく親子水入らずの時を楽しんでいたのに、とやや不満を顔に表しながら晴明が庭へ出向くと、いくつかのかがり火を見つめていた男の横顔が照らされていた。


「十六夜…何の用だ?」


「……」


無言だが、主さまが何をしに来たのかはわかっている。

この男はとことん不器用な男なのだな、と再確認しながらも、晴明は敢えて何も気付いていないふりをして腕を組んで柱に寄りかかった。


「そなたら妖は中へは居れぬと決めている。用件ならばここで聞くが」


「………あいつは寝たか」


「寝た。今は百鬼夜行の時間では?」


「……抜けてきた。またすぐ戻る。……息吹の寝顔を見たい。見せてくれ」


…妖の頂点に立つ男が、妻にした女の寝顔を見たいと言う。

それを口にするのにも結構な時間がかかり、難しい性格をしている主さまが頼むと言って小さく頭を下げているのを見てさすがに断りきれない晴明は、主さまを縁側に誘った。


「寝顔を見るのはいいが、触るのは無しだ。…意固地を張らずに息吹と話せばよかっただろうに」


「…あいつが俺の顔を見るのもいやかもしれないと思ったんだ。そう思われるのは……怖い」


息吹は主さまを怖いと思ったことなど一度もないと以前言っていたが…主さまを怖くないと言うものなど息吹以外誰も居ない。

苦笑した晴明は、かつて主さまに親代わりとして育ててもらった恩もあるので、仕方なく指で三角形を作って小さく何かを唱えた。


「一瞬だけ結界を解く。…会いに行くがいい」


「…いいのか?」


「だが起こさぬよう。そなたも知っていると思うが、息吹は寝相が悪い。布団を整える程度なら許す」


ようやくふっと笑った主さまの肩を叩いて仕事部屋に戻った晴明は、指で頬をぽりぽりかいて再び巻物に目を落とす。


「不器用な夫婦だ。子でもできれば状況が変わるだろうに」


孫は見たいが、半妖はまだまだ生きにくい時代。

晴明は晴明で、葛藤していた。