主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

息吹の膝の上に置かれてある白くて大きな手拭いに気が付いた晴明は、牛車の中でそれをずっと見つめている息吹の肩を抱いて顔を寄せた。


「それは何だい?」


「これ?これは地主神様の祠にあったの。父様、これ誰のだと思う?」


そこには誰も用がなく近寄らないことを知っている晴明は、切れ長の瞳をさらに細めて手拭いを見つめる。

何か不思議な力を感じるが…悪いものではなく、むしろ神聖なものを感じたので、手拭いに手を翳して少し調べた後、肩を竦めてごろんと寝転がった。


「それは地主神の贈り物に間違いないだろう。そうか、そういうこともできるのだな。そなたが祠を綺麗にしてくれたから、その礼なのかな?」


「え、そうなの?私別に何かをもらおうと思って綺麗にしたわけじゃ…」


「ありがたく受け取っておきなさい。それを使って何か作るといい。身につけられるようなものとか」


「考えてみます。お屋敷に帰ったら夕餉の準備をしなくちゃ。今日は義経さんたちどんなお話をしてくれるのかな」


身体が回復すると息吹は動きっぱなしになり、少しでも主さまのことを考える時間の隙を与えないようにしているように見えた。

…あんなに想い合って夫婦になったのだから当然といえば当然だが…


ひとつ何かを間違えてしまうとそんなことも忘れてしまうのだろうか。


「雪男から恋文を貰っていたね。返事を書くのかい?」


「…雪ちゃんは私を慰めようとしてくれてるんです。返事は書きたいけど…お礼は直接言いたいから」


「結局今日は十六夜に会えずじまいだったが、事情は聞いた。後で私からも補足を話すからちゃんと聞くんだよ」


こくんと頷いた息吹が少し重たいため息をついたので、慰めてやろうと思った晴明は小さく何かを唱えて寝転がったまま息吹の膝を指で突いて気を引いた。


「父様なに?………ち、父様!耳が!尻尾が!!」


普段は術で隠しているふわふわの耳と尻尾が出現すると、息吹が瞳を輝かせて手をわなわなさせた。

父娘の関係なので息吹の触り方には遠慮がなく、尻尾も耳ももみくちゃにされて牛車内が笑い声に満ちる。


「明日は銀を呼んでやろう。容赦なく触るといい」


主さまがまたやきもちを妬いて面白いから、とは口に出さずにおいた。