主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

息吹の体調は日に日に良くなっていった。

その代り、だんだんと主さまや百鬼たちのことが気になり、毎日足繁く通ってくる道長たちと楽しい時間を持ちつつも時折物憂げな表情を見せる。

抜け駆けを狙って早朝晴明邸を訪れた義経は、心置きなく息吹と一緒の時間を持つことができて身も心も洗われたような気分になりながらも息吹の変化に気付いていた。


「息吹姫…またため息をおつきになった。何かお悩みでも?」


「あ、いえごめんなさい…。私…突然飛び出して来ちゃったから…お着物とか読んでた本とかどうしようかなって思って…」


「もう戻ってはいけません、不貞を働いたあの大妖に引き留められます」


「…主さまに見つからないように夜更けを狙って行くから大丈夫です。父様にも相談しなくちゃ」


――義経は俯いた息吹の肩に手を伸ばしかけて触れる寸前で止めた。

息吹がずっと冴えない表情でいることには心を痛めていたし、主さまとは正式に離縁もしていない。

離縁が適った暁には、息吹をぜひ妻に――


「息吹、面白いものが届いたよ。見るかい?」


「父様?面白いものってなあに?」


こんな早朝から逢引きをしているのを見つかってしまった義経は、涼しい流し目を寄越してきた晴明から視線を逸らすようにして顔を背けた。

逢引きと思っていない息吹は晴明が手にしている文の帯に真っ赤な椿の花がつけられているのを見てうっとりしてしまう。



「素敵…。どなたからのですか?」


「十六夜からだよ」


「………え…?」



…主さまがこんな抒情的なことをするはずがない。

一体何を書いたのか…あの時のことを言い訳しているのか…とにかく、見たくはない。


「……私…読みません」


「どうするかはそなたが決めればいい。机の上に置いておくからね。義経殿、ごゆっくり」


「は、はい」


晴明が自室へ引き返すと、膝の上で拳を握って固まってしまった息吹の肩にとうとう手を置いた義経は、主さまとの離縁を強く促した。


「早く離縁された方がいい。あなたのためなのです。今後の人生いくらでもやり直しができます」


「…私…部屋に戻ります。義経さん、今日は会いに来てくれてありがとうございました…」


ふらりと立ち上がった息吹のか細い後ろ姿にまた心を痛める。

今も息吹の心を縛る主さまに嫉妬の炎が噴き出す。