主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

晴明邸に日常は戻ったが…問題は主さまの屋敷だ。


「…困ったねえ……」


山姫がそうぼやいてしまうほどに室内は荒れ果て、主さまは夫婦共同の部屋に引きこもって出てこない。

出て来たかと思ったら片っ端から物を投げてひどい有様になるので、側近の山姫や雪男でさえ近づけずにいた。


「なんだ、今日も荒れているのか?困った奴だな」


「銀…。でもさ、主さまも悪いじゃんか。胡蝶が勝手に誤解するようなことをして、主さまも胡蝶が来たことを息吹に隠してたんだろ?自業自得だっつーの」


「それにしても毎夜の百鬼夜行も荒れ放題じゃないか。元々口数が少ないのにさらに喋らずにいるから百鬼たちは萎縮しているぞ」


主さまが籠もっている部屋からはただならぬ妖気が漏れ出ている。

晴明に来るなと言われてからずっと誰とも口を利かず、現在に至る。

静観していた銀は、主さまをからかう絶好の機会と見て無防備に草履を脱いで障子に手をかけようとしたので、慌てた雪男が銀のふかふかの尻尾を掴んで止めた。


「な、ちょ、お前なにやってんだよ!」


「十六夜と話をしてくる。あの馬鹿のことだ、言い訳もできずすごすごと帰って来て自己嫌悪に陥っているんだろう。俺が仲裁に入ってやる」


だが口元はにんまり笑っていたのであまり銀を信用していない山姫と雪男は顔を見合わせたが――自分たちではどうしようもないので銀に託すしかない。


「じゃあ…頼んだ」


「ん、頼まれた。行って来る」


銀が障子を開けると、全身痺れそうな妖気と殺気を叩きつけられて銀の手と脚が止まった。

薄暗い部屋の中、中央で床も敷かずに寝転んでいた主さまの周囲には鬼火が飛び交い、空気さえも淀んで息が詰まりそうになる。


「おお、これはすごいな。息吹と喧嘩した程度でこれか。離縁などという結末になったらどうなることやら」


「……それ以上入って来るな…」


長い前髪のせいで表情はわからなかったが、きっと瞳はぎらついているはずだ。

銀は怖じ気ることなく障子を開け放ち、主さまが散らかした庭や居間をせっせと掃除している山姫たちを指した。


「八つ当たりをするな。そこから出て来い。ちなみに俺は今の息吹の様子を知っているが、聞きたくはないか?」


主さまの肩がぴくりと揺らぎ、気を引くことに成功した銀は縁側にどかっと腰を下ろして主さまを手招きした。


「さあ出て来い。話はそれからだ」