主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

昏々と眠り続ける息吹を起こすのは忍びなかったが、なんとしても食事をさせなければならない。

式神にお粥を作らせて息吹の枕元に座った晴明は、息吹の背中に手を入れてゆっくりと起こしてやった。


「息吹、起きれるかい?少しでいいから食べなさい。父様がふうふうしてあげようか?」


「…………父、様…」


「ゆっくりでいい。さあ、お食べ」


塩だけで味付けしたお粥を匙で掬って口元に近付けると、虚ろな目の息吹が少しだけ口を開いたので、ゆっくり食べさせてやった。

あれから数日が経ったが、あれ以来主さまは姿を現さない。

その代わりひっきりなしに雪男が出入りをして息吹の様子を尋ねてきたが、晴明は息吹の容態を教えてやらなかった。


「美味しいかい?私が作ってあげたかったのだが何しろ料理の才だけは無くてね。明日は卵粥にしよう。…そなたに元気がないと、私もつらい」


「……ごめん、なさい…」


「いいんだよ、さあもう寝なさい。私はすぐ隣の部屋に居るからね。何かあれば式神に言いなさい。いいね?」


「…はい…」


――数日だけで、かなり痩せた。

式神に息吹の身体を拭かせたり髪を洗ってやったりさせて気分転換をと思っていたが、息吹の世話をしている童女の式神たちは口を揃えて息吹が痩せたことを晴明に訴えた。


…主さまが息吹の帰りを待っているであろうことも理解しているが…今の息吹には無理だ。

常に女の影が付き纏う主さまと一緒に居ることに疲れてしまい、耐えられなくなれば…戻って来てもらう。


胡蝶の来訪は予想できなかったが、あの女ならばいつか息吹と主さまの仲を引き裂きにかかるだろうとは思っていた。


「さて、十六夜はいつ現れるか…。矜持が邪魔をして現れぬか。それならそれでよい。息吹を幸せにしてくれる男などいくらでもいるとも。道長や雪男…ふむ、義経殿もだな」


隣室に仮の私室を構えた晴明は、筆を取って道長と義経に息吹が戻ってきていることを文にしたためて折ると、描いた五芒星に息を吹きかけて空へと飛ばした。


「どちらが先に来ることやら。ついでだ、相模帝…いや、まだ帝ではないが…文を出しておこう。きっと息吹も元気が出るだろう」


この後晴明の作戦は功を奏して息吹を眠りから覚ます。

だが主さまは、現れないまま。