主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

過保護な晴明が息吹の部屋に雑音が届かないように術を使ったせいで、遅れて追いかけてきた主さまの訪問に気づかない息吹は昏々と眠り続けていた。


そして最も厄介な存在に今回の出来事を知られてしまった主さまは、胃が痛む思いをしながら晴明と対峙する。


「会わせてくれ。頼む」


「ならぬと言っている。そなたの屋敷に押しかけるなど胡蝶しかできぬことだろう。胡蝶のことは息吹には言わなかったのか」


「…言おうと思ったがもう過去のことだ。過去のことは水に流してくれると…」


「流そうと思ったが流せぬ光景を見てしまった、というところか。胡蝶とはもう完全に切れたわけではなかったのか」


「切れていた。息吹がうちにやって来てから1度も会ってはいない。…突然現れたんだ」


一生懸命説明しようとしているが、晴明の心には何ひとつ届かない。

息吹が主さまに会いたくないというのならば全力で遠ざけるし、力の行使も厭わない。


娘が傷つけられたのだ。

あの天真爛漫で可愛い愛娘を。


「誤解だと言いたいのか。実際息吹が見た光景は私は知らぬが、裸足で飛び出すなどよほどのものだったのだろうな。どうだ、私に具体的に語ってみるか?」


晴明の身体から青白い殺気が吹き出し、天叢雲を手に一瞬反射的に身構えてしまったが、ここで引いては後々禍根を残す。

胡蝶とはもう何もない。

それを息吹に伝えなければ。


「会いたい。会わせてくれ」


「馬鹿のひとつ覚えのように同じことを言うな。私は今そなたが思っている以上に腹を立てている。何なら空からも門からも出入りできぬようにしてやろうか?庭にまで入って来れるのは私なりの温情であることを忘れるな」


「胡蝶はすぐに追い出した!もう来ないようにと刀も向けた!晴明、俺の話を…」


「息吹の気持ちの整理がついたら文を出す。それまではここへは来るな。…よもや実力行使で乗り込んでくるつもりはあるまいな?手足の1本や2本無くなる覚悟ならば話は別だが」


――ここまで腹を立てている晴明の姿ははじめて見た。

…息吹がよほど取り乱した姿を見せた証拠とも言える。


「…息吹に伝えてくれ。ちゃんと話すと。お前が見た光景を…事情を話すと」


「わかった、伝えよう。さあ早々に去ね。脚の怪我のせいで熱が出るだろうから私はこれから寝ずの番だ」


ぎり、と歯噛みする音が聞こえた。

だが晴明はそれを無視して背を向けた。