透明がきらめく




 そのうちセンターラインを越えたあたりで相手チームのガードがディフェンスに捕まり、ガードは慌てて右へとパスを振る。

 それを見逃すかと手を出した久保田の手が見事にボールに触れるも、触れただけのボールは弾かれてしまう。

 これで久保田はカット何本目だ?と手元のチェック表に目を落としていると、誰のものかわからない叫び声が耳に届いた。


「あぶねえ!」


 久保田の欄に正の字を一本書き足してから顔を上げると、カットしたボールに食らいついた敵チームのでっかいセンターが何故かこちらに向かって飛んできていた。

 放っておけば自チームボールになったのに、疲れのせいで冷静な判断を欠いたのか、そのまま飛び込んだのであろう。

 まるでスローモーションのように見えるその光景を動きもせずにじっと見つめていた。

このままいくと確実に巻き添えを食らう。そう思い、腕で顔だけ隠して目を瞑ると私の目の前になぜか影ができた。


「馬鹿野郎!」
「ぐえ、」


 何事かと目を開ければ、先程までそこでボールをカットしていたはずの久保田が必死な顔をしてこちらに突っ込んでいた。

 そして私の肩を抱き寄せると、そのまま転がるようにして右に避ける。

 久保田に抱きしめられながら何度か体育館の床に背中を打ったものの、大した怪我にはならなかった。

 ようやく止まった時には下敷きになった久保田の上で、さっきの人はどうなったのかと確認してみると、そこはひどいことになっていた。

 軽い地獄絵図、とでも言おうか。

 久保田の肩に歯を打ったし変な声を出してしまったが、私が座っていた椅子にボールを追いかけていた相手チームのセンターが派手に突っ込んで、得点板を巻き込んで隣のコートへと流れ込んだ。

 もし助けられずにあそこに座ったままだったらどうなっていたか、想像するだけでゾッとしてしまう。

 無事でよかった。そうほっと一息胸をなでおろすと、私の下敷きになっていた久保田がいきなり体制を起こして、バランスを崩した私はまた床に転がった。


「何ほっとした顔してんだ!なんで避けねえんだよ!馬鹿かお前!」
「え、ごめんなさ、ちょっと目を逸らしてて、」
「だから試合は見とけって言ったろ!三歩歩いたら忘れる鶏かお前は!」
「ごめんなさい」
「心配すんだろーが!」


 そんなに大声を上げることはないじゃないか。

 一方的に怒鳴られることに少しだけど腹が立ってそういってやろうと思ったのだが、私に罵声を浴びせながら久保田はぷらぷらと左の手首を振っていた。

 それを見てようやく血の気が引いた。私はマネージャーで、久保田は選手だ。

 マネージャーは腕の一本折れようが仕事がしにくくなるだけで出来ないということはない。

 しかし選手は違う。小さな怪我が大惨事を招くことだってある。

 久保田はそのリスクを犯して突っ込んできてくれたのだ。誰でもない私のために。