「おい久保田」
「うす」
「部内恋愛禁止とは言わねえ。ただ限度は弁えろよ」
「大丈夫です。俺、こいつよりバスケが好きなんで」
「お前いつか刺されるぞ」
シュウ先輩はそう言って久保田に釘を刺すと、受け止めたボールを私に手渡ししてもといたリングに戻って行った。
久保田は軽口を叩いてこそいたが、どこか不服そうに眉を潜めている。何時ものことなのだけど。
しかし私にとっても腑に落ちない部分はある部内恋愛禁止とは言わないが限度を弁えろ。
その言葉が示唆するものとは、つまり私と久保田がイチャイチャとしていたように見えたと言うことだ。
私は久保田が私のパーソナルスペースに侵入して来るのを嫌がっただけなのだ。
ほぼゼロ距離はいわゆる恋人に対するパーソナルスペースだと言われている。しかし私と久保田はただのクラスメイトでただのチームメイトでただの友達。
イチャイチャしていたのではない。あれは立派なただの抵抗なのだ。
散らばったボールをある程度集めながらこちらに戻ってくる久保田が喧嘩でも売って来たら、何か一言言い返してやろう。そう思い、難しい単語を頭いっぱいに浮かべたが、
「悪い、調子乗ったわ」
「え、ええ、そうなの」
久保田から返って来たのはあまりに普通の謝罪で、拍子抜けしてしまった。
何に対して悪いと思っているのか。何を調子に乗ったのか。
聞きたいことはたくさんあったが、素直に謝られてしまってはそれを掘り返すのは気が引けた。
最近の久保田は変だ。
今までなら軽くではあったが普通に蹴りを入れられることもしばしば。
体育館に転がされたり暴言の応酬なんて日常茶飯事だったのに、此処に来て無視されたりやけに素直だったりと今までとは明らかに違う行動をとっている。
もしかして久保田のやつは本当に私のことが好きなんじゃないだろうか。
今まで形を成していなかった破片が、まるで磁力に引き寄せられるかのようにして少しずつ少しずつ形になって行く。
さてその正体は一体なんなのか。
久保田に乱されっぱなしの自分に腹が立って、頬をつねれば自然と涙が滲んだ。
出かかった答えも一緒に滲んでしまえばいい。
