恋の訪れ


「そうなの。で、昴は?」

「まだ。むしろ帰って来るかも分かんねーしな」


そう言って、翔さんはノートパソコンに視線を落とし、器用に文字を打っていた。

その周りには、物凄い量の資料がズラリと並び、なんだかよく分からないその文字に、また眩暈がきそうで…


「莉音ちゃん、電話したの?」


その美咲さんの言葉にハッとして顔を上げる。


「え、電話…って言うか番号知らないです」

「えっ?そうなの?掛けようか?」

「いや、いいです」


もう、来なかったら来なかったで帰れるし、それはそれでそのほうがいい。

むしろ、もうこの二人の前で昴先輩に合わす顔もない。


「そう?じゃあケーキ食べようよ。座って」


なんて美咲さんの軽い言葉に乗っけられ、翔さんの斜め前に腰を下ろした。


「莉音ちゃん、久しぶりだね。もう随分と昔だから覚えてないかな?」


苦笑いで呟く翔さんが何故か昴先輩に見えてしまう。

でも昴先輩と違う事と言えば、優しさ。

昴先輩の口調とは全然違う事。


「なんとなく…覚えてます」

「そっか。諒也は元気?」

「えっ?」

「あ、あぁ…莉音ちゃんのパパな」

「あー…はい。元気ですけどー…」

「えー…、どした?その微妙な呟き。諒也、優しいでしょ?」


パソコンの手を止めた翔さんが頬を緩めてあたしを見つめた。