「何? 恥かしいわけ? あんたもさっき同じようなことしたくせに、今更恥ずかしがることでもないでしょ」

「こんなに近づいてないーっ」

 女の反応が少し面白くなって、更に距離を縮めてみる。
 徐々に俺の視界には女の瞳しか映らなくなっていく―――。
 互いの息がかかるほどに接近した瞬間、胸をドンッと力強く押され2人の身体に隙間が出来た。

「おっお邪魔しました!!」

 馬鹿でかい声を上げて頬が色づかせたまま女は、この部屋から慌てて逃げるように去った―――。


「騒がしい…。変な女」

 これでやっと静かになった。
再び、静寂が訪れた俺の唯一の居場所。
 本を読もうと、ポケットに手を入れて先程まで座っていたソファーへと戻ったが、本を手にする事も無く、窓外は暖かな陽の光が俺を照らしている事に気づく。
眩しさのあまり目が細まってゆく。

 "歌…"
 "歌がね、聞こえてきたんだ"
 "聞き入っちゃうほど、すごく綺麗な歌声だったなぁ"

 鳥の囀(さえず)りと共に聞こえてきたのは、あの女の声だった。

 "ちゃんと人の目を見て話をして。初対面の相手なら尚更っ。それにもう少し言い方ってもんがあるでしょ!?"

 "私は山梨あきな"

「あきな…」

 自分がこの時、そう口にしていたことに気づくことなどなかった。
 ただ―――何を思うこともなく青い空に見入り、陽の光の暖かさに心地よさを感じて―――。
おもむろに口を開き、もう一度口ずさむ―――。



      END