だから、他の人なんて考えている余裕はない。


だけど、振る勇気もないんだ。




「でも、誰にも渡す気はないけど」




藤井くんが、ぼそりと呟いた。


その表情は、誰かを睨み付けているように見えた。




だけど、それは誰に対してなの?



勇人くんのことは、社内では誰も知らない。


別れた時に、周りに迷惑をかけるほど憔悴したけど、それが恋愛関係とは言っていない。


薄々気付かれていたとは思う。


でも、誰も詳しくは聞いて来なかったから、言うこともなかった。



ましてや、その時まだ入社していなかった藤井くんが、そんなことを知っているはずもない。