「一人でムード作ってますね」

 森山が隣りに座り、ビール瓶を差し出した。コップの中のビールを飲み干すと森山が注いでくれた。

「邪魔するなよ」

「そんなこと言わずに私とお別れなんだから、一緒に飲みましょうよ」

「すぐに出戻ってくるんじゃないのか」

「縁起でもない!」

「ハハハ、冗談だよ。お前なら大丈夫だ」

「大丈夫って?」

「いい妻になるさ」

「金子さんの奥さんはどうですか?」

 森山の突拍子もない言葉に驚き、ビールがおかしなところに流れてむせてしまった。

「何だって!?」

「金子さんの奥さんは、いい妻ですか?」

「何だよ、急に」

「愛してますか」

「どうしたんだ、森山」

 そう聞いても、何も答えずただ俺を見ている。

「不安なのか、結婚」

「そういう訳じゃないです」

 何故こんな事を聞くのかわからないが、答えないと納得しないだろうということは森山の顔を見てわかった。

「愛か。どうかな。若い頃ならすぐに答えられただろうけどな」

「そんなの悲しい」

「その通りだ。せっかくのめでたい夜にこんな話をしてどうする。今日は楽しめ」

 森山はまだ何か言いたそうな顔つきだったが、金子さんもと言い残し、他の席へお酌しに行った。

 他の女子社員が気を遣って分けてくれた鍋の皿に豆腐がゴロンと転がっている。

 別れの場面で好きなものは食べない方がいいらしい。

 誰かが暑いと言って襖を開けると、カウンター席と煙に汗をかくマスターが見えた。

 未練がましい。俺は一人、カウンター席へ向った。