「結婚しないか」

 彼女は下を向いたままだ。そっと、指が動いた。

「顔を見せて」

 顔を上げた頬に涙が流れ、真紀の左手薬指に指輪が輝いていた。



 その指輪はもう真紀の手にはない。それにはきっと意味があるのだろう。美春が金子さんと呼ぶようになった時のように。

 指輪はその時に渡したものしか買わなかった。もっといいものを結婚指輪として買いたかったが、真紀はこれ一つでいいと言い続けた。その代わりにあなたの分を買ってはめて欲しいと言われて買ったが、結局はずすようになった。

 森山が女子社員たちから花束を渡され、涙を流している。

 俺もそんな涙を昔見た。俺の腕に手を絡め、横に立つ真紀の涙。

 あの指輪はどこにあるのだろうか。宴会は終わった。