「金子さん、こっちで一緒に飲みましょうよ」

 振り向くと秋野がいた。

「良恵も呼びに行くって言っときながら、座ってるじゃないか」

「へへ、つい」

「さぁ、金子さん」

「あぁ、今行くよ」

 秋野が個室に戻って行ったのを確認してから、森山に声をかけた。

「俺をこの店で見たとき、その、全部見ていたのか」

 森山は黙って何かを思い出すように目線を上へ流したあと、俺を見た。

「雰囲気でわかるものですよ。別れの男女って」

 俺は目をつぶり、笑った。この店に来たのはあの日一度きりだ。

「恥ずかしいところ見られていたんだな」

「あっちでお豆腐食べましょう」

 誰がこの店を選んだのか知りたくなった。もしかして、森山が希望したのか。それとも偶然か。森山に聞こうと思ったが、それはやめておいた。女々しいと思われるだろう。これ以上、格好悪い男になるのはごめんだ。