「はい、これ着て」
「あの……」
差し出されたコートに慌てて腕を通しながら、さっさと歩き出した榊原さんの後を追う。
一体どこに行くの?
疑問に思いながらも後ろをついて歩いて行くと、大通りに出た。
そしてそのまま、通りかかったタクシーを停めると「乗って」と私の背中をポンと叩く。
一瞬戸惑いはしたものの、運転手の急かすような素振りと、振り向いた先にあった榊原さんの表情に後押しされるような形でそのシートに座り込んだ。
本当に、どこに行くんだろう。
チラッと横を見ると、隣に座る榊原さんは頬杖を付いて流れていくネオンをぼんやりと眺めていて。
目が合うと、フッと口元を緩めて笑う。
だけどやっぱり最後まで行き先は教えて貰えずに……。
辿り着いたのは、どこかの湾に面したコンクリート張りの四角い建物だった。
「……」
「榊原さん?」
何かを考え込むようにその建物を見上げる榊原さんに声をかけると、「行こうか」と再び歩き出す。
何も疑わずについて来ちゃったけど、大丈夫だったのかな?
今更ながらそんな事を考えて、少しだけひよる私の脳裏に、カンちゃんの姿が浮かぶ。
――“ヒヨは警戒心がなさ過ぎるんだよ”。
社会人一年目のお花見で、他部署の男の先輩に「酔ったから少し風にあたりたい」と言われ、ひと気のない所に誘い込まれそうになって。
その時は“宮野さん”としてだったけれど、与野さんの時みたいに、助けてくれた。
帰ってから、すごい怒られたっけな……。
思わず笑みを浮かべ、だけど同時に胸がチクンと痛む。
あの頃は“口うるさい小姑がいる”――なんて思っていたのに。
そう考えると、いつの間にか大きくなっていたこの気持ちは、本当に恋なのかな?
やっぱり、カンちゃんが抱いているそれと同じように“兄を取られちゃう妹”の気持ちなんじゃ。
「……」
もしそうだとしても、ヤバイか。
同じベッドで目が覚めてドキドキしたり、一緒の毛布に包まって、髪に触れられて、もっと一緒にいたいだなんて。
そんな気持ちを兄に抱いていたら、それこそ本当に禁断の恋だ。
「南場さん」
「え?」
「大丈夫?」
ハッとして顔を上げると、いつの間にか現れたドアの前に立ち止まる榊原さんが、振り返って私の顔を覗き込んでいた。
「すみません。大丈夫です」
妄想に耽《ふけ》っていたなんて知られるワケにもいかず、平静を装って笑うと、それに笑みを返した榊原さんが目の前のドアノブに手を伸ばす。
いつの間に鍵を開けたのか、ガチャリという音を立てて開いた扉。
「……ここは?」
薄暗い部屋はガランとしていて、外壁と同じようにコンクリートが打ちっ放しのその場所は空気が冷たい。
キョロキョロと周りを見渡す私とは対照的に、前を歩く榊原さんは、周りに目を向ける事なくどこかに向かって一直線に歩いて行く。
そして――。
「到着」
そう言って振り返ると、ニッコリ笑った。

