恋するキミの、愛しい秘めごと


『日和』

「……ごめん。榊原さん待ってるから切るね」

――“日和”。

私の名前を呼ぶ低い声が、耳から離れない。

返事も待たず、無理やり電話を切った指がわずかに震える。

ホント、最悪だ。

今更遅いのに、感情に任せてカンちゃんにぶつけた自分の言葉に溜息が出る。


カンちゃんへの気持ちに気付いてからは、何度も何度も、これは自分の問題だからと自分自身に言い聞かせてきたはずなのに。

それなのに、こんな八つ当たりみたいな事をして。

「はぁー……」

自分の気持ちを落ち着けるように、ゆっくりと息を吐き出し顔を上げた。

少し離れた所にあるテーブル席では、榊原さんと前田さんが笑いながら話をしていて、そこに戻るまでに“南場さん”に戻らないと。


「……」

――よし。

呼吸を整えてニッコリ笑って席に戻ると、私に気が付いた榊原さんが少し心配そうに口を開いた。

「宮野、何かあったの?」

「風邪で同僚がダウンしたみたいで……。家まで送っていかないといけないから、今日は来られないそうです」

「ありゃ。それは大変だな」

「榊原さんにも謝っておいて欲しいって言っていました」

それに「俺は別に平気だから」と笑った榊原さんに、ホッとしたのも束の間。


「……」

「どうかしましたか?」

立ったままの私を、榊原さんがジッと見上げてくるから、思わずたじろぎ、

「それは俺の台詞かも」

困ったような笑みを浮かべて告げられた言葉に、何を言っているのかがわからない私はフリーズして目を瞬かせた。


“俺の台詞”って?

「えっと……何のお話ですか?」

「いや、まぁいいんだけど」

苦笑しながら徐に立ち上がった榊原さんは、「いい所連れて行ってあげる」と、慌てふためく私のコートと鞄を持ってレジに向かって歩いて行ってしまった。


「あの、榊原さん?」

「いいから。前田ー! じゃーなー!」

状況が掴めずワタワタする私の横で、榊原さんが厨房にいるらしい前田さんに声をかける。

それにヒョッコリ顔を出した笑顔の前田さんに見送られ、私はよくわからないまま居心地のいいお店を後にした。