恋するキミの、愛しい秘めごと


――けれど。

この日のカンちゃんは、いつもと何かが違った。

「……すみません」

そう言って、次の言葉を忘れたのか、普段は絶対に見ることのない手元のカンペに何度か視線を落とし、言葉に詰まる。


後半にいくにつれ、落ち着きを取り戻したのか、だいぶ普段に近い状態まで持ち直したものの……。

いつも一緒に仕事をする他社の人から「今日の宮野さんはどうしたの?」と密かに聞かれるくらい、いつもと様子が違ったのだ。


「……」

「……」

帰りの地下鉄の中でも、カンちゃんは何かを考え込むようにずっと黙っていた。

「あの……大丈夫ですか?」

余計なお世話かもしれないし、カンちゃんが自分に苛立っているのはわかっていた。

だけど、どこか具合が悪いのかもしれないし、やっぱり心配で……。


小さく声をかけた私に、景色のない窓を眺めていたカンちゃんの瞳が向けられる。

「……っ」

やっぱりそっとしておいた方がよかったのかもしれない。

向けられた瞳は、そう思ってしまうほど鋭くて思わず息を呑む。

「……悪い」

「いえ」

私の気持ちに気が付いたのか、カンちゃんは少しだけ表情を緩め、口元に小さな笑みを浮かべた。

「情けないとこ見られちゃったなー」

「……」

冗談めかした言葉とは裏腹なその表情に、胸がチクンと痛んだ。

すごく悔しそうな、痛そうな表情。

こんな時、どんな言葉をかけたらいいんだろう。

どんな言葉をかけたら、カンちゃんの気持ちが少しでも軽くなるんだろう。


自分から話しかけたくせに、結局何も言えなくて……。

そんな私をしばらくジッと見つめていたカンちゃんは、フッと笑みを漏らして言ったんだ。

「ちょっと具合悪くてさ」

「……え?」

「駅着いたら起こして」

体調が悪かったなんて全然知らず、驚く私の頭を優しく撫でると、そのまま目をつぶり、腕を組んで俯いてしまった。


「……」

具合が悪かった?

最近のカンちゃんの様子を思い返してみるも、そんな素振りは見せていなかった。

会社にいる間だけならまだしも、それ以外のほぼ全ての時間を同じ家で過ごしていた私がそれに気づかないはずがない。

それじゃー、カンちゃんは嘘を吐いているってこと?

でもどうして?


確かに今日のカンちゃんのプレゼンは、らしからぬプレゼンではあったけれど。

彼が仕事の失敗で、言い訳をするような人じゃないのはわかっている。

わかっているから。

いつの間にか私の肩にもたれかかり、スヤスヤと寝息を立てるカンちゃんに、何故か胸がざわついたんだ。