恋するキミの、愛しい秘めごと


カフェには飲み物の他に、たくさんの種類のケーキがあって、結局栗カボチャを使ったパンプキンパイまでご馳走になっておいた。

それを頬張りご満悦な私に向けられた、カンちゃんの呆れ顔。

「普通、仕事中にケーキ食うか? しかも人の金で」

「自分だって食べたじゃないですか」

「ヒヨの一口もらっただけだろ」

いつ誰に見られているか分からないという事で、一応コソコソと小声で言い合いながらホールへの階段を降りて行き、そして、最後の一段に差し掛かった時だった。

「宮野?」

後ろからかけられた声に振り向くと、一人の男の人が立っていて……。

「……わっ!」

驚いて片足を滑らせた私の腕を、その人の手がグッと掴んだ。

「すみません、驚かせてしまって」

「い、いえ。こちらこそすみません。ありがとうございます」

少し慌てて、バランスを崩した私の体勢を戻してくれたその人に、頭を下げる。


あぁ、きっとまたカンちゃんに「鈍臭い」とか言ってバカにされる。

絶対にまた呆れ顔を向けられていることを覚悟して、隣のカンちゃんをそろーっと盗み見したんだけど……。

――あれ?

「あの、宮野さん?」

「……あぁ」

目を見開いたまま固まっていたカンちゃんが、私の声にハッとしたように声を上げた。

そしていつも会社で見る“宮野さん”の笑顔を浮かべ、頭を下げる。

「お久しぶりです、榊原《さかきばら》さん」


榊原さん。

一生懸命記憶を辿るも、目の前で「ホント久しぶりだなー」と笑うその人を私は知らなくて、失礼があってはいけないと、カンちゃんにヒントを求める為に目配せをしてみた。


「……」

けれど、一瞬合ったと思った視線は直ぐにスッと逸らされてしまい、談笑する二人を前に私は一人置いてきぼりをくらうはめに。

いつものカンちゃんだったら、ちゃんと気付いて初対面なら紹介してくれるし、そうでないならそれなりの対応をしてくれるのに。


最初のカンちゃんの反応といい、何だか腑に落ちないというか、変な違和感を覚える。

でも楽しそうな二人の会話に口を挟むのもどうかと思って、取りあえず営業スマイルを浮かべながら、今日の夜ゴハンを何にしようかと考え始めた。

寒いし楽だし、お鍋にしようかな。でも今日は比較的早く上がれそうだから、もう少し手の込んだ物にしようかな。

疲れてるし、焼肉という選択肢も……。


「それで、こちらは?」

「……」

あぁ! 私かっ!

それまでカンちゃんに向けられていた瞳が、気づいた時には私に向けられていて。

まさか夜ゴハンのメニューを考えていたなんて思えないくらい上品に、ニッコリ笑顔を浮かべる。


「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。ハナビシ・フューチャー・リノベーションの南場と申します」

頭を下げながら名刺を差し出すと、それを受け取った榊原さんが同じように取り出した自分の名刺を渡してくれる。

「長谷川企画株式会社の榊原です」

“長谷川企画”?

引っかかったその一言に、カンちゃんの体もわずかに反応した気がした。