「随分大きなホールですね」
地下鉄を降りて会場入りした私は、そのホールの広さに少し戸惑いながら用意された席に荷物を下ろした。
「まぁ、20社以上が競合するわけだからね」
ソワソワする私とは対象的に、早速パソコンを立ち上げ、プレゼンに使うパワーポイントの最終的チェックをするカンちゃんは至って冷静。
メガネをかけた横顔は、当たり前だけど真剣そのもので、他社の女子社員がチラチラとそれを眺めながら通り過ぎていく。
「……」
そうなんだよね。
こういう場に来ると改めて実感するんだけど、イトコの贔屓目なしでも、カンちゃんはカッコいいのだ。
しかもそれが一部上場企業のホープともなれば、女の子が放っておくはずもなく。
「宮野さん、お久しぶりですぅ。また今回も宜しくお願いしまーす!」
こうして一応ライバルであるはずの会社の社員に、会場で声をかけられる事もしばしば。
けれど、それに対するカンちゃんの態度はいつも同じ。
「どうも。こちらこそ宜しくお願いします」
一瞬その人に視線を向け、小さく頭をさげると直ぐにまた視線を戻してしまう。
ニコリともしない無愛想な様子に「場を弁《わきま》えられないヤツってキライなんだよねぇ」と言い放っていたカンちゃんを思い出す。
ついでに「ムダに語尾を伸ばす女もキライ」とのことですから、こちらの女性はもうカンちゃんの地雷を踏みまくりなわけで。
だけどそんな事を知るはずもないその女性は「H・F・Rの宮野さんとお話しちゃったー!」とちょっと自慢気に自社の女子社員の輪に戻って行った。
「ヒヨ」
「は、はい?」
小声で名前を呼ばれて、慌ててカンちゃんに視線を戻すと、パソコンでの確認作業をいつの間にか終えていたカンちゃんが立ち上がったところだった。
「ちょい疲れたから、何か飲みに行こう」
「あ、はい」
慌てて立ち上がる私を見て「転ぶなよ」と笑うカンちゃんの顔は、さっきの語尾を伸ばす彼女に向けられた物とは全く別物。
「確か上の階にカフェあったよな?」
「はい」
「しょうがないから奢ってやろう」
「……チョコチーノ、クリーム多めで」
「なに勝手にトッピング追加しようとしてんだよ」
これもある意味“役得”というやつなのだろうか。
すごく柔らかいその表情に、少しだけ嬉しくなりながら先を行くその背中を追った。

