「遅い……っ!!」
繰り返された言葉は、確実に俺に向けられている。
当たり前だけれど、“今更遅い”と日和は言いたいのだろう。
「……」
そりゃーそうだよな。
俺に対する気持ちなんかより、もっと好きだと思える相手が日和には出来て、結婚まで考えたんだ。
それを心から祝いもせずに「もう1回好きになって」とか。
自分の身勝手さに笑ってしまう。
「ごめん」
ゆっくりと息を吐き出して、日和を解放しようと腕の力を抜いていく。
この手を離したら、もうさすがに昔みたいには戻れないだろう。
だけど、もういい加減離さないと。
痛む胸に顔を顰める俺の手が、その体から離れかけたその時――。
「もう仕事辞めちゃったの!! みんなにも結婚するって言っちゃったし、もう引っ越しの準備もして、マンションだって伯父さんに返すって言っちゃったの!!」
怒ったような口調でそう言いながら、まるで胸倉でも掴むように俺のシャツを掴んだ日和が、グイッと俺を睨みあげた。
そのあまりの迫力に、何事かと一瞬たじろいだ俺だったけど……。
「カンちゃんは何もわかってないっ!!」
「……ヒヨ」
「私がどれだけ……っ!!」
強い口調とは裏腹に、その瞳からは涙がボロボロ零れていて。
「カンちゃんはみんなに優しすぎるし、秘密が多すぎる!!」
「……」
「自分の気持ちは後回しにして、人のことばっかり!!」
「日和」
――俺はもしかして、大きな勘違いをしているんじゃないか?
少しだけ躊躇して、再び伸ばした手でその柔らかい頬を包み込むと、瞼を伏せた彼女の目から、また涙が零れ落ちて俺の手を濡らしていく。
「もう子供じゃないんだから、」
「……うん」
「自分が1番幸せになれる場所くらい、自分が1番よく分かってるの……っ」
「うん」
「私は、カンちゃんの傍にいたい――」
言葉が途切れる瞬間、日和の声を飲み込むように、その紅い唇を塞いだ。
「カンちゃ……んっ」
何度も何度も角度を変えて、漏れ出る吐息も飲み込んで――息も出来ないほど深いキスを繰り返す。
柔らかい唇は、日和の香りと同じ甘い味がして、貪るようにキスをした後、そっと唇を離して顔を覗き込んだ。
「ごめん。あと……」
「え?」
「そんなウル目で顔真っ赤にされると、なんか変気分になるんですけど」
「なっ!! へ、変な気分とか……何なのっ!?」
「“何”って、色々」
「そういう事じゃなくて!! 私、すごい怒ってるんだけど!!」
「――うん」
「なのに、キスとか……っ」
キスのせいなのか、怒りのせいなのか。
動いたら唇が触れそうな距離を保つ俺に、顔を真っ赤にした日和は涙が溜まった瞳を大きく見開く。
「日和」
その顔がたまらなく愛しくて、優しく響くその名前を呼びながら、そこに唇をよせ、涙を掬い取った。
「ヒヨ」
「……っ」
「ごめんな、ヒヨ」
だけど、俺ってどこかおかしいのかな?
大好きな日和に、こんな顔をさせて――それなのに、それが自分の為だと思うと、彼女がますます愛しく思えてしまうなんて。
「もう泣かせないように努力する」
「……」
「もっと日和の気持ちをちゃんと聞くし、もう秘密も作らない」
「カンちゃん……?」
「だから――」
もし俺を許してくれるなら、
「俺と結婚して下さい」
これからは、ずっと隣にいて欲しい。
その俺の言葉に、日和は何故か頬を膨らませながら唇を尖らせて、
「プロポーズするなら、指輪は必須アイテムでしょ?」
そう言って俺を涙をいっぱい溜めた目で睨んだ後……嬉しそうに微笑んだ。

