呼び止めそうになる自分を制すように、手をグッと握りしめる。
――だけど。
「あ、タクシーって大通りに出たら拾える?」
振り返ってそう尋ねてきた日和に、思わず顔を顰めた。
「迎えに来ねーの?」
「あー、だって忙しいみたいだから」
だからって、こんな夜遅くに外国で女1人で外を歩かせるとか。
日和は大事な婚約者で、しかも呼び出したのは自分だろ?
さっきから、何か引っかかる……。
「なぁ、ヒヨ」
無意識に口をついて出たのは、自分でも驚くほどに低い声だった。
もしかしたら、ただの情けないヤキモチなのかもしれない。
だけど、その男の事が妙に気にかかるんだ。
だってさ、おかしいだろ?
迎えにも来ない、仕事のことも日和は知らなくて、婚約指輪だって……。
さっきから、指輪の話をした日和の取り繕ったような笑顔が頭から離れない。
本当に好きだったら――本当に大切に思うなら、あんな顔させないだろ?
「お前さ、ホントにそいつでいいの?」
「――え?」
「大切にされてる気が、全然しないんだけど」
抑える事が出来ず、口をついて出た俺の言葉に、一瞬驚いたような顔をした日和は、そのままそれを険しい表情に変えて、
「カンちゃんには関係ない」
小さくそう呟くと、涙を堪えるように唇をかみしめ、睨むように俺を見上げた。
“関係ない”。
確かにそうなんだけど。
だけど。
「私、もう行――」
「日和」
思わず呼んだ彼女の名前。
生まれてから、傍に居たあの日まで。
それに、離れ離れになってから。
一体その名前を、何度呼んだだろう。
「日和」
「……」
「そんなにその人の事が好き?」
もう話すことはないと言わんばかりに、出口に向かって歩き出していた日和が、その足をピタリと止める。
「好き?」
歩み寄り、後ろからその腕を掴んだ俺に、日和の肩が小さく震えるのがわかった。
「カンちゃ――」
「やっぱりダメなんだよ」
自分勝手で女々しい事をしてるのは、十分解ってる。
――それでも。
「日和じゃないと、ダメなんだ」
自分でも分かるくらい震える声で呟いて、その小さな体を腕の中に閉じ込めた。
もう遅いのは解ってる。
だけど、今伝えないと、もう一生この想いが日和に届く事はないんだ。
「好きだ」
「……っ」
「諦めようとしたけど、全然ダメなんだよ。日和じゃないと――」
日和をひとりにして、突き放して、それなのに「好き」だなんて。
都合がよすぎるのは解ってる。
それでも。
「大切にするから」
今の彼氏がどんな奴かは知らない。
日和が言った事が本当なら、優しくて面白くて、仕事が出来るらしいけど。
結婚を決めた日和に、あんな淋しそうな顔をさせているのは事実だろ?
俺だって日和を悲しませたんだから、言えた義理じゃないんだけど……。
でも今度はもっとちゃんと、日和のことを大切にする。
「もし少しでもチャンスがあるなら……もう1回だけ考えて欲しい」
もし万が一、俺を選んでくれるなら。
そしたらもう、泣かせるような事はしないから。
ずっとずっと、日和が笑っていられるように、離れず傍にい続けるから。
だから――……。
掻き抱くように力を強めた俺腕の中で、日和は体を強張らせて、何も言わない。
ただ俯いて、吐き出す息を小さく震わせて……。
「――いよ」
「え?」
「遅いよ!!」
しばらく大人しく俺の腕に抱かれていた日和の、突然の大きな声に、思わず目を見開いた。

