実家に戻る為に休みを取っていたカンちゃんは、溜りに溜まった有給を消化すると言って、その日も会社を休んだ。
カンちゃんに見送られて玄関を出て、いつものように仕事こなし……。
「ただいまー」
いつものように家に帰ると、もうそこにカンちゃんの姿はなかった。
「……カンちゃん?」
何となく、予感はしていた。
だから、思ったよりもダメージは少なかった。
「でも、やっぱり淋しいなぁ……」
真っ暗なリビングの空気はひんやりとしていて、音もない。
家具もそのまま。
小物だって、元からほとんどが伯父さんの置き土産か私の物だったんだから、無くなっている物なんてほとんどない。
唯一なくなっていたのは、カンちゃんの部屋にあったほんの少しの物たち。
本棚にあった本。
机の上にあったパソコン、タブレット。
ファイリングして、棚に収められていた書類。
それに、クローゼットにあった洋服。
机もベッドもそのままなのに、何故か一目見ただけで“いなくなった”というのが解ってしまった。
ゆっくりと部屋に足を踏み入れると、本当に一瞬だけ……カンちゃんに抱きしめられた時に香った、彼の匂いがした。
もう一度リビングに戻り、ソファーの下から徐に取り出したのは“大事な物ボックス”と呼んでいた鍵付きの小さな箱。
そこには通帳や印鑑、車やマンション関係の書類なんかが入っていて……。
「やっぱりないか」
2冊あったはずのパスポートが、1冊なくなっていた。

