何とか彼女の気持ちを取り戻そうと仕事に打ち込むたびに、自分の中でカンちゃんの存在が大きくなって、重りのように圧し掛かる。

やればやるほど仕事に追われて、篠塚さんとのすれ違いも増えて……。


いつの間にか3人で会う事は減って、篠塚さんとカンちゃんが2人きりでいるところを見かける度に、榊原さんは篠塚さんを責めるようになっていた。


「宮野もそれに気が付いて、冴子と距離を置くようになった。だけど、こっちはこっちで喧嘩が絶えなくなって」

「……」


丁度その頃、カンちゃんが私に“小さな地球”を渡さなかった事を知った。


「宮野は自分のせいで俺と冴子の仲が悪くなったと思っていたみたいだし、ひょっとしたらそれに責任感じて、俺の提案を受け入れるかとも思ったんだけど」


――カンちゃんは、仕事とプライベートを混同するような人ではなかった。


クスッと自嘲の笑いを漏らした榊原さんは、長い息を吐き出して、茶色い瞳を小さく揺らす。


私の知っている榊原さんは、いつも余裕があって穏やかで。

けれど何となく、今の彼の表情を見て、これが本来の彼の姿なのかもしれないと思った。


「頑張っても全てが空回りして、仕事で失敗が続いた俺に、上司は『宮野とリーダーを変わったらどうだ』なんて言い始めてさ」

「そんな……」

「冗談半分だってのは分かってたんだけど、もう後がないと思うくらいまで追い詰められて……宮野の大切な物を盗んだんだ」

そこまで話すと、榊原さんは「ただの言い訳だな」と再び自分を軽蔑するように微笑む。


榊原さんのした事は本当に最低で、絶対に許せる事じゃない。

だけど私も、上昇志向の強いスタッフが多いあのオフィスにいると、時々息苦しくなる時がある。


仲間意識のない人も勿論いて、そういう人達は、同じ会社で頑張っている同僚に厳しい眼差しを向け、隙があれば相手を蹴落とそうと必死だ。

それを感じて挫けそうになった時、いつも私の心を救ってくれるのはカンちゃんで……。


もしかしたら榊原さんにとって、篠塚さんはそういう存在だったのかもしれないと思った。


「俺がした事を知って、冴子は激怒したよ。当たり前だけど、もう俺とは付き合えないって言って離れて行った」

そこまで一気に話した榊原さんは、視線を少し上にあげ、そこにある空間をぼんやり見つめながら、思い出すように目を細める。


「だけど、冴子の苦しみは、それだけじゃ終わらなかった」


ゆっくりと瞳を伏せた榊原さんの表情は、酷く悲しそうで見てるこっちが辛くなるくらい。

それだけ彼は、篠塚さんに想いを寄せていたという事か……。


「俺と付き合っていたという理由だけで、冴子は周りに白い目で見られるようになった」

「……」

「嫌な上司に毎日のように嫌味を言われて、俺が辞めた後『情報を流すかもしれないから』ってあり得ない理由で、上がっていた昇進の話も白紙に戻された」

「ひどい……」


何となくそれを聞いて、今の篠塚さんのあの態度はその頃の事が原因なのかもしれないと思った。

無駄に人を寄せ付けない篠塚さん。

もしもそれが、今の彼女作っているのだとしたら……。

それってすごく、悲しい事だ。


「俺は冴子の事も考えずに、さっさとH・F・Rを辞めた。いつか自分の周りのゴチャゴチャがおさまったら、冴子を転職先に呼べばいいか……なんて思いながら」

「……」

「でも数カ月経つ頃には、冴子からの連絡はなくなって……。いつの間にかあいつの隣にいたのは、宮野だった」