「……ん」
再び目を覚ましたのは、カーテンの隙間からが薄明かりが漏れる頃だった。
――今何時だろう。
薄暗い部屋に視線を漂わせ、ベッドサイドの時計を見ると、その針は6時3分をさしていた。
まだ私の体はカンちゃんの腕に包まれていて、さっきから、彼の柔らかい髪の毛が私の頬をくすぐっている。
もう少しだけ……。
そんな気持ちを胸の中に押し込めて、その手を解いてゆっくりと立ち上がった。
何も着ていない素肌に触れる空気が、ひんやりと冷たい。
だから余計に、カンちゃんの温もりを思い出して、少しだけ切なくて。
自分の部屋に戻ると、手早く服を身につけ、外に出た。
「――寒っ」
肩をすくめ、空に向かって息を吐き出すと、私はいつもの道を歩いて近くのコンビニに向かう。
そこで、いつも食べているパンと、なくなっていた、いつもの牛乳を買った。
どうしようかな……。
何となく、すぐに部屋に戻る気持ちになれなくて、私はゆっくりとマンションの向かいの坂を登る。
小高くなっている丘の上からなら、綺麗な朝焼けが見えるかもしれない。
――もう“夜”は終わってしまった。
もう優しいカンちゃんに助けを求めて、彼にあんな嘘を吐かせない為にも……。
これから私は、 一人で頑張らないといけない。
長い階段を登り終え、その頂上に辿り着くと、そこからはやっぱり綺麗な朝焼けが見えた。
ふーっと息を吐き出して、大きく息を吸い込む。
カンちゃんと私は、また今までみたいに、ただの“イトコ”に戻る事が出来るのだろうか……。
いや、違うか。
戻らないといけないんだ。
それが昨日のあの夜の、秘められた条件のはず。
薄暗かった空が、徐々に茜色に染まっていく。
それに瞳を奪われていると、肩にふわりと温かいものが触れ、そのまま胸をしめつける優しい香りに包まれた。
「もー。頼むよ、ヒヨ」
「……カンちゃん? どうしたの?」
後ろから私を抱きしめ、安堵の溜息を漏らす彼に首を傾げる。
「“どうしたの?”、じゃねーし」
「……」
「起きたらいないから……」
少しだけ息を切らせる彼に、申し訳ない気持ちが込み上げた。
あぁ、そうか。
また心配をかけちゃったんだね。
その腕の中で振り返り、黒目がちな瞳を見上げると、困ったようにそれが細められ、
「あんま心配させないで」
彼が長身の体を、少し屈める。
「――カンちゃん」
唇が触れる、ほんの数センチ手前。
その体を押し返すように、私は彼の胸にそっと手を置いた。
「……ヒヨ?」
やっぱり、少しだけ苦しい。
昨日とは違う胸の痛みに、一瞬瞳を閉じて……。
「朝になっちゃったね」
再びその瞳を見上げ、微笑んだ。
――“今夜だけ”。
それが、昨日交わした約束。
そんな私の気持ちに気が付いたのか、カンちゃんは、視線をゆっくりと茜色の空に向けて、ただ一言だけ――
「そっか。……そうだよな」
と呟いて、ほんの少しだけ悲しそうに笑った。
「まだ帰らんの?」
「ううん。そろそろ帰る」
「じゃー、行きますか」
その腕からそっと解放され、ポンポンと頭を撫でられた時、またカンちゃんの香りがした。
それをもう、あんなに近くで感じることはないんだろうと思ったら……
やっぱり少しだけ、胸が痛くなった。