プレゼンまであと3日と迫った夜。

仕事を終えて会社を出ると、会社の道路を挟んだ向かい側にあるコインパーキングに見たことのある白い車が停まっていた。


天井――どうやら幌《ほろ》というらしい部分が黒い革張りのその車は、榊原さんの物と同じ車種のよう。


せっかく付き合い始めの幸せな時期のはずなのに、お互いこのプレゼンの為になかなか会えずにいる。

というか、まぁ私のせいなんだけど。


さっきも電話がかかってきて食事に誘われたのに、持ち帰りの仕事があったから断ってしまったところ。


榊原さんはもう社会人になって10年近くの中堅だから、この手のプレゼンにも慣れているだろうし、彼もカンちゃん同様仕事が出来る人だという事は知っていた。

だから会えないのは、余裕のない私のせい。


「はぁー……」

なんて、溜息を吐いても仕方がないんだけどね。

空を見上げて息を吐き出し、駅への道をトボトボと歩き出す。

すると、後ろからパタパタと走り寄る足音が聞こえてきて……。

「南場さん!」

突然後ろから手首を掴まれ、驚きながら振り返った。


「……榊原さん?」

少し息を切らせながら立っていたその人は、紛れもなく榊原さん。


「どうしたんですか?」

「いや、電話で疲れてそうだったからお誘いに」

「“お誘い”、ですか?」

「うん。一緒にゴハン食べよう」

「あー……」


行けるものなら私も行きたい。

けれど本当に切羽詰まっているから、榊原さんとは一緒にいたいけれど、店に行って食事をしている時間が……。


そんな私の気持ちに気付いたのか、榊原さんは表情をフッと緩めて、

「キス1回」

「へ?」

「それであの部屋の貸出し料と……俺の作る夕食が付いてくるけど、どう?」

あの日と同じように私の首にマフラーを巻きながらそんな事を言うから、つい笑ってしまった。


最近ずっと、会社と家の往復ばかりで確かに気分転換は出来ていなかった。

それに大好きなあの“地球”の置いてある部屋で仕事をしたら、確かに仕事効率が上がりそう。


「榊原さんって、お料理できるんですか?」

「んー……。得意じゃないけど、餌付けの為なら頑張るよ」

ニッコリと王子の微笑みを浮かべながら、惚けた事を言う彼にまた笑って。

「じゃー、お邪魔します」

私の手を取って歩き出した彼について、やっぱり彼の物だったらしい駐車場の車に向かった。