「何だか、ご機嫌だね」

時間は夜の9時半過ぎ 。

いつものお店のいつもの席で、そう言って笑うのは榊原さん。


結局あのあと9時過ぎまで仕事をして、そろそろ帰ろうかと帰り支度を始めたその時、まるでタイミングを見計らったかのように携帯が鳴った。


電話の相手は榊原さんで、まだご飯を食べていないと言った私を前田さんのお店に連れてきてくれたのだ。


「今日会社で嬉しいことがあったんです」

テーブルには初めてここに来た時と同じように、繊細に盛り付けられたお料理が並んでいる。

それにお箸を付けながら笑うと、榊原さんは「そっか」と微笑んで私を見つめた。


前田さんのお店はこんなに素敵なお店なのに、相変わらずお客さんがいない。

でもほどよく静かな店内はすごく居心地が良くて。

前田さんには悪いけれど、これからもこの雰囲気を守って頂きたいとこっそり思っていたりして。


「何がそんなに嬉しかったの?」

「この前言っていたカフェの企画書に、やっとGOサインが出たんです」

「結構ギリギリじゃない?」

「知っていると思いますけど、私の上司は宮野さんなので」

笑いながらそう言うと、榊原さんはなるほどと頷く。


だけど……あれ?

そういえば、榊原さんの前でのカンちゃんのキャラは、“カンちゃん”と“宮野さん”――どっちだったのだろう?


最初にここで一緒に飲んだ夜、それを確認する為にカンちゃんにメールをしたのだけれど。

篠塚さんの発熱騒ぎですっかり流されて、聞き忘れていた。


「あの、」

「うん?」

「榊原さんがウチにいた時って、宮野さんはどんな感じだったんですか?」

それならもう、この場で確認してしまえとさりげなく聞き出す作戦に出る。

すると榊原さんは「うーん」と天井に目を向け考え込んで。


「羨ましくなるくらい、人目を惹く奴だったよ」

「……」

ゆっくりと視線を落とすと手元にあるグラスをカラカラと揺すりながら、たった一言だけそう告げた。


えっと……。

どこか漠然とした表現で、結局どっちのキャラだったのかが分からない。


「南場さんの前では? どんな上司?」

「……あー」

さて、どうしよう。
ここは何と答えるべきか。

真っ直ぐな視線から、ほんの一瞬視線を逸らして……。


「すごく仕事の出来る方ですよね」


在り来たりな返事をしながら、帰ったら絶対にカンちゃんに確認しよう――と心に誓った。