8月30日。
それは………、この世で、一番恐ろしい日だと…思っていた日。
黒い渦が…現れて。
ちょうど、100日目にあたる…その日が。
君が産まれて…
お母さんが…亡くなった日――…?
「暗い話で…ごめんな。多分、もう…二度としない。でも…、今日だけ。重たいって思われてもいい。負担になるなら…逃げてもいい。七世。お前は……絶対、俺の前からいなくならないで。」
イナクナラナイデ
呪文のように…、その言葉が。
ストン、と音を立てて。
心のずっと奥の方にまで…浸透していく。
ねえ、悠仁。
いなくならないでって願っているのは…ずっと、私の方だった。
それは……、そう。
今、この瞬間も……。
「………悠仁…。私は…居なくならないよ?」
大切なものが…逃げていく?
ううん、私は…逃げてなんか…やらない。
「どうして、そんなこと――…」
けれど―――…、
けれど!
もしかして………、悠仁。
アンタは……その日、8月30日に。
自分から…逃げてしまう。
そんな…可能性を、
どうして私は…全力で否定してあげられないんだろう。
「……………。……大丈夫。いなくなんてならないし…逆にアンタを取っ捕まえて、逃げられなくしちゃう…かもよ?」
君を…、
泣きそうになっている…その背中を…抱き締めて。
君が…何処かに行かないように、と……、ぎゅっと…力を込める。
「大丈夫。何の心配…してんのよ。」
「…………………。」
「……約束……しようか。」
「約束…?」
「うん。そしたらさ、アンタを…縛り付けられるかなって。」
「…………。………ナナちゃん、ソッチの気…」
「茶化すな。」
「…………はい。」
「8月30日。アンタが…嫌って言っても。一緒に居て、何度も…言ってあげる。うざいくらい『おめでとう』って。」
「……ヤダよ。めでたくもなんでもね―…。」
「私の頑固さも…アンタに負けないんだから。…知ってるでしょ。ダメ。もう決めた。」
「………………。」
「……じゃあ…、言葉を変えよっか。」
「……え?」
「『ありがとう』、だ。」
「何でだよ。」
「だって、悠仁が…今こうして側にいることが。私にとって、最高に…幸せなことだから。」
どうか……、悠仁の…お母さん。
彼に…伝えてください。
「お母さんが…必死に産んでくれた日でしょう?」
「……………。」
「1日で子供が生まれる訳じゃないんだから。ずっとずっと…大切にしてくれたから、守ってくれてたんだから…。だから…、お母さんに、感謝する日。それから…、アンタがいて良かったって思う人が、ちゃんといるんだって…自覚してもらわないと。」
君が居ないと、ダメだって思う人が…ここにいるってことを。
「…………それも嫌だって言ったら?」
「ワガママだな、それ。じゃあ、最終的には…『大好き』で締め括ろうか。貴重だよ、私にしちゃあ…羞恥プレイもいいとこ。二度と…言わない戯言になるかもよ。」
「………言えばいいじゃん、何度も。そしたら…その時には恥ずかしくなくなるかもよ。」
「それじゃあイミなくなるじゃん…。」
「…………そっか。それ…乗った。……つーか…、お前、いてーよ。今から拘束プレイの練習か?」
「ちょっと…、黙って抱かれてなよ。これでもだいぶ…加減してやってんだから。」
「ははっ…、すっげーバカ力…。」
どうか……、お願いします。
悠仁を…連れていかない、と。
そう…約束してください。


