ゆっくりと…身体が離れていって。

「……今のは、…予約。」

悠仁は、そう、ポツリと…呟いた。
マスクのひもがかかったその耳元が…赤く染まっていく。


「…………。」


どう、答えたら…正解なのか。
平常心を失った私には――…わからない。


その隙に、また、君の顔が近づいてきて、

今度は頬っぺに。やっぱりマスク越しに…


ふううっと……熱い吐息を吹き掛けて来た。




「今日の所は、こんくらいで…我慢しとく。」



「……………。」


「人目が、スゲー気になるし。」


「……は?人目?もしかして、お母さん――…」


「違う、ホラ…、ここに。」


悠仁が徐に指をさしたのは……

フローリングに散らばる、沢山の絵。








「下手っくそなヒーローばっか。これ、全部アンタが描いた絵?」


「……そうだけど……。」



「すげー、目えキラキラしてる。もしや、七世の理想のオトコってヤツ?」


君はクスリ、とひとつ笑って。私から…離れていく。



「もしくは…初恋の相手、か。」


「……それは………」


『そうじゃない』だなんて、言わせないくらいに。それは…確信したかのような、ハッキリとした口調だった。


悠仁は、そのままその場にしゃがみこむと、沢山ある中の、一枚だけを手にとって。また――…ふっと笑う。


「俺じゃ、アンタのヒーローってヤツにはなれそうもないけど…、一緒に居て、守ることくらいはできる。」




「……………。」


見上げた君の瞳は…、完全なる上目遣い。


必死に思いの丈を……ぶつけて来るのだ。



「ただ、懐かしいなって…見てただけだよ。」



どうにかしてほしい。

そのくらいに。胸が、切ないくらいに…ギュっと締め付けられる。



「じゃあ、ナナちゃんが今見てるのは…?」



おちゃらけているのに、核心を突いて来る。

『ナナちゃん』ってその呼び方が…、まるできみなりくんの口調を真似たようにさえ思えた。


意地悪な、質問だ。



「……悠仁。……アンタしか、いない。」




「……トーゼン、でしょ。」




過去の自分達に見せつけるような……熱い抱擁が、そこには待っていた。



気はずかしいのに、ずっとこうしていたいような。それは……抱いたことのない、不思議な感情だった。


生暖かくて、
熱くて、
それを隠すのに…必死で。



二人顔を見合わせたのは、それから…いくらか時間が経ってからだった。



多分お互いに。顔を上げるタイミングが…分からなくなっていたんだと思う。



視線と視線がぶつかった時。




心臓の音が…特別大きく音を立てた。



それは……緊張していたからでは、ない。




なぜなら――…