「……………!」
気づけば…、私はベッドの上で。
酷く、懐かしい感覚に…涙を流していた。
おばあちゃんが頭を撫でてくれた、その…温もりが。リアルに残っている。
「………夢……?」
一瞬のだけの……夢。
私を呼び覚ましたのは……
ラインの…受信音。
雫が溢れ落ちるような……無機質なその音が。
現実へと…呼び覚ましたのだった。
手の甲で…涙を拭いて、スマホへと手を伸ばす。
ラインは……、
常盤くんからだ。
『櫻井、今日休み?』
「………………。」
これが……、悠仁からだったらって思うのは。
酷いことだろうか――…。
ふうっと息をついて。
ソレを…枕元に戻した。
それから……、数分ほどたって。
また、うとうととしかけたときに…
今度は、コツンっと、窓の方から…何かがぶつかったような音がした。
「……………。……何…?」
怠い身体を…無理矢理起こして。窓際へと向かっていく。
すると……
どうだ。
窓に手を掛けた、その瞬間…
それはそれは…
威嚇しているみたいな太い声で。
猫が鳴くその声が…耳に届いてきた。
「……………?」
窓を開けて…、外を見渡す。
近所の野良猫か…、いずれにせよ、ナナとは正反対な猫が近くにいると…思ったのに。
狭い道路の真ん中から、こっちを見上げていたのは……
紛れもなく…、人間。
「…………。……なに……してるの?」
悪びれた様子もない、真っ直ぐな瞳は…こっちを見ている。
相手は無言のまま……、一度だけ、にこっと口角をあげて。『二ャーオ』ってまた鳴きマネをした。
「………下手くそ。可愛くない。」
「……………。」
「何してんの、悠仁。……学校は?」
「……お前こそ。」
「私は………」
「……てか、……ごめん。」
「え……?」
「待つのって…、意外と根気いるんだな。」
「……………。」
「つーか、宏大からライン来ただろ?ちゃんと返事してやれよ。」
「何で知って……。」
「もしかしたら七世とすれ違いになったかもって…、学校にいるかどうかラインで聞いた。そしたら…、七世に連絡とってやるって上から目線な返事返って来たから…ムカついて。……来ちゃった。」
「学校には行かなかったの?」
「行けるわけないじゃん。昨日も、七世先に帰っちゃってゆっくり話できてないのに」
「………………。悠仁、声…デカイ。」
「はあ?」
「朝からご近所に迷惑。」
「………じゃあ……、七世のスマホの番号教えて。今から掛けるから。」
悠仁はそう言うと……。
制服のお尻のポケットからスマホを取り出してみせた。
私が…、数字を言う度に。
復唱する声が…返って来て、それが言い終わった直後には…
ベッドの上で……その着信を知らせた。
「もしもし」
『……俺だけど。』
「うん。そうだと思った」
窓の外から聞こえる声と…、鼓膜をくすぐるもう1つの声とが。重なって……聞こえた。
ちょっと離れた所にいるのに。すぐそばに…いるみたい。
『具合…悪いの?』
「ん。…ちょっとだけ。明日土曜だし、今日は大事とって休むだけ。」
『一回も学校やすんだことない癖に?』
「…………。」
どうしてそういうことを…知っているの?
『俺が…風邪移したんだよな。一緒に寝たりしたから……。』
「ちょっ……、語弊があるよ!」
『………ごめん。家に入れるべきじゃなかった』
悠仁が……どうしてそんな顔するの。
『でも、今七世の顔見たらちょっと安心した。じゃあ、学校……行ってくるわ。』
「………うん。わざわざありがとうね。」
『「学校で待ってる」、「何かあったなら頼って」、そう……手紙に書いたの、七世の方なのに……なんか、変だな。』
「………!」
『嬉しかったよ、お前が毎日…会いに来てくれたことも、「おかえり」って…言葉も。』
「………うん…。」
『だから、また…明日。』
「……え?」
『今日はどこにも行かないで大人しくしてて。いや、明日も…。』
「過保護か。」
『いーから、……約束して。』
「………?うん…。」
『じゃあ』
「………じゃあ。」
ここで、通話が…切れた。
けれど、悠仁は。まだ…こっちを見たまま、視線をそらすことはない。


