あの夏よりも、遠いところへ


黙っているわたしに、陽斗はなにも声を掛けなかった。

けれど重なったままの手のひらが離れることはなくて、妙に手に汗をかいてしまう。


「……空に、触れないかなって」

「えっ?」


沈黙に落とされた言葉はあまりに突拍子もない。変な声を出してしまったわたしに、陽斗は少し笑った。


「どれだけ高いところに登っても、背伸びしても、絶対に触れないんだ、空って」

「うん」

「こんなに、すぐ目の前にあるのに」


空だ。じゃあ、陽斗は、空だ。わたしにとっての空だ。

すぐ目の前にいるのに、どうしたって届かない。指には触れられても、絶対に手に入らない。

だって陽斗は、雪ちゃんのことが好きなんだもん。


「……無理だよ、そんなの」

「そうかな」

「そうだよ。馬鹿じゃないの」


さっき陽斗は、たぶん、サルスベリの花に触ろうとしたんじゃないんだ。

彼は空に手を伸ばしていた。赤の向こうのあの青を、彼はどうしようもなく、求めているんだ。


「でも、朝日なら空に触れそう」

「なんで?」

「だって名前が、『朝日』だから」


でも苗字は『北野』だし。嫌味かよ。

絶対に輝かない太陽。どうがんばっても昇らない、わたしは可哀想な太陽だ。