あの夏よりも、遠いところへ


風が頬を撫でる。あれから1か月しか経っていないのに、もうそれはとてもぬるくて、気持ち悪い。


「暑い。もう夏か」

「もう少しで8月だよ」

「どうりでサルスベリも咲くよな」


……サルスベリ?

陽斗の視線を追いかけると、頭上には真っ赤な花が、空を隠すほど広がっていた。

思わず息をのむ。凄い。こんな景色、生まれてはじめて見た。


「朝日は、サルスベリの由来、知ってる?」

「えー。猿が……滑る?」

「そうそう、幹がつるつるしてんの。漢字で書いてもそのまま『猿滑』なんて、華がないよなあ。こんなにきれいな花を咲かせるのにさ」


本当にきれい。空の青と花の赤のコントラストはあまりに美しくて、やっぱりここは異世界だと思った。


「でも、『百日紅』とも書くんだ」

「ひゃくにちべに?」

「そう。当て字にも程があるけど、おれはそっちのほうがずっと、この木には合ってると思う」


そう言うと、陽斗は座ったまま、ずっと上の赤色に手を伸ばした。

届くわけがない。それでも伸ばしたままの指を、思わず掴んでいた。


「……朝日?」

「あっ……ごめん、つい」


言い訳にすらなっていない。けれど言葉は続いてくれなくて、口をつぐんでうつむいた。

どうしても触れたかった。そんなこと、言えるわけないよ。