あの夏よりも、遠いところへ


部屋に戻ると雪ちゃんが呑気にピアノを弾いていて、うちは相変わらずだなあと思う。


「おかえり、朝日ちゃん。大変だったみたいだね」

「大変だよ。ちょっと学校さぼったくらいで騒ぎすぎ」

「もう、ダメだよ。学校嫌いなのは分かるけどね」


分かんないよ、雪ちゃんには。分かるわけない。

わたしの気持ちは、雪ちゃんにだけは絶対に分からない。


「でもお母さん、すっごく心配してたよ」

「そんなわけないじゃん」


彼女の能天気な台詞を鼻で笑って、セーラー服を脱ぎ捨てる。

制服は嫌い。無駄に重たくて動きにくいんだもん。どうしてTシャツとパンツで学校に行ったらダメなんだろう。


「そういえばさあ、立川陽斗に会ったよ」

「えっ?」

「立川陽斗。クラスメートなんでしょ?」

「ど、どうして立川くんと……」

「ふらっと登った丘の上で寝てたんだよ。学校来てなかったでしょ」


雪ちゃんが驚いている。めずらしいな。

いつもだったら「そうなんだあ」って、ふわっと笑いそうなのに。

ロフトの上からグランドピアノを見下ろすと、顔を真っ赤にしている彼女が目に入った。


「……雪ちゃん? どうしたの」

「た、立川くん、変なこと言ってなかった?」

「変なこと?」

「私のこと……なに言ってなかった?」


勘がいいのって損だ。

分かりやすすぎるよ、雪ちゃん。そんなの無しだよ。やめてよ。