あの夏よりも、遠いところへ


雪ちゃんは、いいな。北野小雪って、儚げでかわいらしい、素敵な名前だと思う。

まったく、嫌になっちゃうよ。いちいち雪ちゃんと比べちゃう癖、いつからついたんだっけ。


「おれは面白くていいと思う。『北野朝日』」

「馬鹿にしてるでしょ?」

「してないよ。純粋な感想」


いいと思う、なんて、初めて言われた。びっくりだ。馬鹿にされているだけだとしても、はじめて言われたから、なんだか嬉しかった。


「ねえ、それよりいつまで突っ立ってんの? 学校行かないなら座れば?」

「えっ……」

「ここ、風が抜けてすごい気持ちいいよ」


彼の右側にちょこんと座ると、その瞬間、ぶわっと風が頬を撫でた。

本当だ。すごく気持ちいい。7月だとは思えない涼しさだなあ。


「おれ、よくここでさぼってんだ。気持ちよくってさ」

「本当だね。たしかに眠たくなっちゃうかも」


そっと目を閉じてみる。聴こえるのは風が通り抜ける音だけで、まさに異世界な気がした。

すごい。毎晩沈む、あのぬるいお湯のなかとは全然違うんだ。


「……立川陽斗(たちかわ・はると)だよ」

「えっ?」

「名前。自分だけ名乗らないなんて、ルール違反かなって」


ハルト。なんだかかっこいい響きだ。羨ましい。この男は全然名前負けしてないんだもん。