「あ……うっ……サヤ……っ」


サヤは本当に居なくなってしまった。

白と黒の上を滑るあのきれいな指はもう動かないし、それらが俺の頬に優しく触れることももうない。あのガラス玉のような瞳に見つめられることも、もうないんだ。


「蓮くん……」

「俺……俺っ、この楽譜、全部貰う……」

「え……?」

「俺がちゃんと、サヤが生まれてきた意味になるねんっ……」


彼女のことをもっと早く知れていたらとは、やっぱり思う。けれど、もし知っていたとしても、俺になにができたっていうんだ?

だからせめて、忘れないようにするんだ。彼女の宝物を俺の宝物にして、ちゃんと大切にするんだ。


なあ、サヤ。もう、真っ直ぐな五線譜の上を思いきり泳いでいいよ。色々な苦しみや痛みから解放されて、自由になればいい。

俺はちゃんと、音符を見てサヤを思い出すからさ。


……けれどやっぱり、好きだと一言、伝えたかったな。


恋は落ちてくる。突然目の前に現れて俺のすべてを奪っていったずるい奴は、やっぱり突然消えた。


「……サヤ、ほんまにありがとう。大好きやで」


それでも彼女は11歳の俺にとって、とても、奇跡だったんだ。奇跡のような存在だったんだ。