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彼女とは駅で別れた。お互いなにも言わなかった。ただ目の前で彼女は優しく微笑んで、最後に俺の頬を一度だけ、撫でた。


北野の顔が思い浮かばなかったわけじゃない。あいつのこと、女として好きだとか、そういうふうに意識しているわけじゃねえけど。

知られたらダメなような気がした。小雪さんは北野の姉ちゃんだしな。

あんな無垢な女にいまの俺を見られたら、たぶん、確実に嫌われると思う。北野に嫌われんのは、やだな。あの真っ直ぐな瞳が俺から逸らされるって考えただけで、すげえこわいよ。


東に輝く朝日を眺めながら、たらたら家路をたどる。ふわふわしている。自分の足で歩いてねえ感じ。

どこかすっきりしているのは、生まれてはじめて女と寝たからってわけじゃねえと思う。もっと違う。そういう物理的なことじゃねえんだ。


はじめての朝帰りだった。まだ家族は寝ている時間だし、静かに自室へ向かった。

驚いた。だって、ベッドに妹が寝てんだぜ。部屋を間違えたのかと本気で思った。一度部屋を出て確認するくらい。でも、やっぱり俺の部屋だった。


「……おい、スミレ」

「ん……?」

「なにしてんねん。ここ、俺の部屋やぞ」


タオルケットを無理に剥がすと、ちらりと腹が見えた。どきりともしねえけど。妹だし。

ていうか、これ、俺のタオルケットじゃん。なにがっちり掴んでんだよ。いつもは憎まれ口しか叩かねえくせに。