あの夏よりも、遠いところへ


小雪さんが淋しそうに笑った。思わず手を伸ばしそうになったけど、ぎりぎりのところで、我慢した。

このひとは、サヤじゃない。


「……なんてね。ダメだね、朝日ちゃんのお友達にこんなこと言っちゃって」

「そんな……全然」


その顔は嫌だ。肝心なことは言わねえで、ひとりで全部を背負おうとしている、淋しい笑顔。よくサヤがしていた顔。

なにも知らずに失うのは、もう、絶対に嫌なんだよ。こわいんだ。もう二度と見たくねえ。


「……言うてや」

「え?」

「もう知らへんのは嫌やねん。ちゃんと全部、知っときたいねん……!」


完全に混乱していた。手のひらはサヤの腕を掴み、瞳はサヤを見つめ、言葉は全部、サヤに向けられていた。


「蓮くん……」


愛しさがこみ上がる瞬間って、どうしようもねえんだな。知らなかった。

あの日、彼女の頬に手を伸ばしかけて引っ込めたことを、俺はたぶんずっと、後悔していたんだと思う。

女の人を抱きしめたのはこれが初めてだった。良い匂いがした。やわらかくて、小せえ。


「……いや。あのえっと、これは」

「いいよ」

「えっ……」

「大丈夫。このままでいいよ」


背中に回された腕に答えるように、ぎゅっと力を込めた。

愛しくてたまんねえよ。本当はずっとこうしたかった。あのころは、俺、ガキだったからできなかったけどさ。