8畳の無機質な部屋に、でっかいピアノと、女々しい俺のふたりぼっち。
なんだかふわふわする。夢の中にいるみてえだ。いつもとは全然違う雰囲気の場所だからかな。
涙を流すサヤのオカンを見ながら、そのすぐ傍で、俺はどうしても泣けなかった。なぜだろう。
俺にとってサヤは、たしかに初恋だ。でも、そんな簡単な一言では足りねえよ。もっと大きくて、大切な存在。
あの夏は奇跡だった。いまこうしてピアノを弾いていることも、あの夏からずっと続いている、奇跡の延長だと思う。
でも、あのときと同じように、いまも彼女を好きかと訊かれたら、正直よく分かんねえ。
だってこないだまで、もう輪郭すら曖昧だったんだぜ。なんとなくピアノは弾き続けてきたけど、彼女は思い出に変わりつつあった。死んだやつ特有の、きれいに美化された思い出だ。
俺はこれからきっとまた誰かに恋をするんだろうと、ぼんやり思っていた。サヤ以外の誰かと恋をして、付き合って、結婚すんだろうって。
死ぬまでサヤが特別な存在であることに変わりはなくても、そんなことはあたりまえだと思っていたんだ。
だって、おかしいだろう? もうとっくに死んだやつのことをいまだに好きだなんてさ。なかなかできねえよ、そんなの。しかも小学生のときの、たったひと夏のことだぜ。
俺だって、もう高校生だしさ。



