あの夏よりも、遠いところへ


こないだ家まで送っておいたおかげで、北野家にはスムーズに到達できた。担任から聞いた503号室までエレベーターで上がり、立派なドアの前で、早5分。

……インターホン、押せねえ。


お見舞いはきっちり買った。北野がなにを好きかなんて、そんなつまんねえことすら知らない俺には、わりと難題だったけど。

選んだのはコンビニのお菓子3つ。チョコとクッキーとスナック菓子。とりあえずジャンルは分けた。仕方ねえじゃん。なにが好きか知らねえしさ。


コンビニの袋を右の人差し指に引っ掛けたまま、もう5分。

どうするよ。どうする? オトンが出たら。オカンが出たら。

そういえば、兄弟とか、いんのかな。やべえ。本当に俺、北野のことなんにも知らねえや。


知らないのは嫌だ。無知であることは楽だったけれど、6年前のあの夏から、どうしようもなく、嫌だ。

知らないってのは、こわい。

なにも知らないまま、大切なものを失うのは、もう絶対に嫌なんだよ。



「――あら?」


ふと声を掛けられて、がちがちだった肩からふわりと力が抜けた。

オカンか、と思った。直感的に。

それにしては若い声。優しい声。甘い声だ。


「朝日ちゃんの……お友達? 彼氏?」

「ちゃいますっ」


即答だったと思う。もちろん「彼氏」のほう。