このマンションから少し離れたところに桜並木が見える。

窓を開けると、ほんのりと桜の香りが鼻先を過ぎった。

僕は洗濯物を干している妻の背中に声をかけた。


「なあ」


妻が振り向く。


「好きな人って誰?」


まさか、僕の知っている人か?


「ううん。タケちゃんの知らない人」


それを聞いてほっとする僕。

いやいやほっとしてる場合じゃないだろ、僕。


「そいつのどこが好きなの?」


妻は少し考えてから答えた。


「かわいいところ」

「どんなところが?」

「うーん。全部かな。全部かわいいの」


僕はちょっとむっとした。

そいつを思い出しているのかなんだか知らないが、妻の顔が綻んだからだ。