「どうかしましたか?」

そう言って、彼が声を掛けてくれた。

しかし、その時まで、あたしは彼がそばにいることさえわからなかった。それほど、鼻緒を直すのに熱中していたのだ。

「え?」

と答えたあたしは、顔をあげてから息が止まりそうになるほどびっくりした。

だって、すぐそばにいるんだもの、あの人が。

一度も声をかけたことのない人が、絶対に縁のない人と思っていた人があたしに声を掛けてくれたのだから。

「あ、あの、、、。実は鼻緒が、切れて、、、。」

「うわ、こりゃひどいな。しかも両足なんて。、、、よし、ちょっと貸して。」

そう言って、あたしの手から下駄をとると、袂(たもと)から手ぬぐいを出して、いきなり引き裂いた。

「えっ!だめです。そんなことしちゃ!」

「いいよ、たいしたことじゃない。それより、下駄が直らなくちゃ君が困るだろ?」

「それは、、、そうですけど、でも。」

「ちょっと、待ってて。すぐにできるから。」

そういって、するすると裂いた手ぬぐいを下駄に通していく。