明晰夢。
 夢だと分かって見る夢。
 俺がいま見ている夢がそれだ。

 思い出したくない高校三年の夏。
 忘れられないあの『失敗』の夢。
 最悪の夢だ。

 ――グラウンド。
 歓声を上げる相手チーム。
 泣き崩れるチームメイト。
 俺は何もできず、何も言えず、ただ突っ立っていた。
 後になって、これが「呆然」ということなんだと知った。
 そんな中で、頭の片隅ではやけに冷静に「3秒後には泣くだろう」と自覚していた。

 涙腺が限界を超える寸前、観客席にタマを見つけた。
 タマも俺の方を見ていた。
 心配、同情、そんな表情。
 そんな顔をするなよ。
 いつものようにからかってくれた方がましだった。

「ポチが負け犬になっちゃった。名前通りに!」

 ……とか、おまえなら笑いながら言いそうじゃないか?
 兄妹同然のおまえに泣き顔なんか見られたくない。
 泣けなくなっちまった。

 このままでもしようがない。
 どうしよう?
 とりあえず、手でも振っておこうか。
 でも、どんな顔をすればいいだろう。
 
 作り笑い?
 無理だ。
 無表情?
 変に思われる。

 それに、手を振ったらなんだか泣いてしまいそうだ。
 タマにだけは見られたくなかった。
 俺はくるりと背を向けて歩き出した。
 どうにかベンチの裏まで、タマに見られないところまで、泣き崩れないように歯を食いしばる。
 たどり着いた時には奥歯の感覚がなくなっていた。
 ゆっくりとあごの力を抜いたら、なんでか、涙線まで緩んじまったよ。