「…っ…ここは、どこなの…?どこへ行ったら、クエイト様のもとへ帰れるの」
「ここは、港町の手前にある、小さな村だ。周りは森に囲まれている」
「…………」
「いい加減、諦めろ。どう足掻いても、お前はもとの家へは戻れない。ここでの生活に早く慣れたほうが、身のためだぞ」
ぼさぼさの赤髪の隙間から、唇を噛んでいるのが見えた。
俺は近くにあったローブを投げ、ばさりと彼女にかぶせる。
「明日は一日、それを被って店の隅にいろ。ここがどういう場所で、自分がどうあるべきかを、しっかり目に焼き付けろ。売り物にはしない」
俺の言葉に、返事は返って来なかった。
代わりに、被せられたローブをすがりつくように、きつく握りしめたのが見えた。
…いつまでも、前の主人の背中を追いかけていても、仕方がないのだ。
ここには、彼女の求める『ご主人様』はいない。
捨てた奴隷をもう一度迎えにくるような愛情深い人間が、この国の貴族に果たしているだろうか。
少なくとも俺は、見たことがない。
だからこういうとき、俺は必ず『諦めろ』と言う。
この薄暗い世界で生き抜くために必要なのは、一途な愛情などではない。



