「…っい、やぁ!触らないで…!」
ーーパン!
そんな乾いた声が、テント内に響く。
女の手を振り払うと、少女は立ち上がりテントの外へ走って行った。
「…おい、どこへ行く!?」
俺の静止も聞かず、姿はすぐに消えた。
…思わず、ため息をつきそうになる。
まぁ、気にすることはないだろう。
タダで貴族から引き取った少女だ。
この先彼女が帰ってこなくても、こちらに損は一切ない。
そう考えると、俺は客の女へ静かに頭を下げた。
「…申し訳ありません。躾がなっておらず…」
「…いいえ。いいのよ、あの子はまだ、知らないのね。この世界に、『染まる』こと」
その言葉に、俺は顔を上げた。
幸い女は怒っていないようで、少女が消えて行った外の方を見つめている。
その顔には、笑みが浮かんでいた。
「どれだけ明るい性格をしている人でも、この世界に一歩でも踏み込めば、引きずりこまれる。戸惑い、希望を失い、諦め、闇に沈んでいく」
コツ、コツ、とヒールを鳴らしながら狭いテント内を歩き、女は子供達をぐるりと眺めた。



