「その前にお前の家族を殺すことになるんやけどな。お前自身でな。だからよう考えりや」

呑気な口調で私の苦悩など知らずにアドバイスをしてくる。
苛立ちに血液が沸騰したが、すぐに冷めていった。

そうだ、冷静にならなければ。

深呼吸を繰り返し、私はもう一度ゼロを見た。
そして日常に目を向ける。

「戻るわ」

「あいよ」

用が無くなった紙切れを捨てるように手をひらひらと泳がせたのが横目に見えた。
じゃあね、と言葉を捨てて現実へ戻る。

いつの間にか出ていた太陽が、おかえり、と迎え入れるように私を照らす。

日常だ。
平和な日常……

「江里子!」

私を見つけた葵がこっちへ走ってくるのが見えた。
その顔は少し怒っているが、安堵しているのが窺える。

――ねえ、葵。
私が殺人を犯したら、あなたはどうするの?

こっそり呟いた言葉は、白い吐息と共に空へ溶けた。