「有馬、ありま、ありま……」

母は狂ったように有馬を呼ぶ。
父は仕事を休んでもう何日も有馬を探した。
まるで鬼が子どもを喰らいたいがために、必死に。
不気味な二人の姿に私は身震いする。

両親は、有馬を……愛していた。
有馬は、そう信じていただろう。

だが、野球を出来なくなった有馬に……二人は何と言って、有馬の存在を否定したのか。
あの病室で、私のいないとこで、有馬は何を言われたのか。

有馬は、誰のために野球をしていたのだろう。

「あなた、警察に……」

「そんな事したら我が家の恥だろう!」

もう何回も繰り返された会話が私の耳に暴力のように飛び込んでくる。
その度に私は有馬を哀れみ、両親を蔑み、違和感を覚える。

二階にいながら、こっそり呼吸をする。
息苦しい。

父と母は有馬を愛していない。
今の二人を見てると断言出来た。

持たざるをえなくなったカバンをどうにか高級そうに見せようとしていたように、私には見える。

[イイコ]だった私。
[両親の望みを叶えられる有望な息子]だった有馬。

高級に見せたカバンは二人にはもうただのお荷物になったのかもしれない。