――ぐいっ


「え…?」


出ていこうとしたあたしの手首を、長瀬先生は優しく掴んだ。
あたしが振り返るよりも早く、先生はあたしの近くに寄ると


「行かなくていい」


そう耳元で小さく囁いた。

近さと耳にかかった息にビクンッとなる。

振り向くにも振り向けず、じっとしていると、先生はあたしの横を通って洗面所を出ていった。

先生が出ていってもまだ立ち尽くしたまま動けない。

なぁんだ…行かなくていいって、もう出ていくからここ使っていいってことだったのか。


「ふぅ…」


緊張が溶けたように、肩から力を抜いたとき…


「おい、吉谷?」

「うわぁ!」


洗面所に、和田先生が顔を覗かせ驚いたようにあたしを見た。