気が付けば、自分とあの男がいるだけの間。何もない空間であった。


――目覚めたか……。


 男が告げていた。漆黒の髪を肩まで垂らし、足元までに及ぶ書を携えている。

 感覚はない。目だけが、男の動きを追っていた。


「お前に名を与えよう……」


 鮮明な声が降りかかり、男は書を置く。膝を低くし、露になったその顔に特に印象は無い。凡庸な、文人としての顔であった。

 指が触れた。男にしては細い、ながらも決して痩せこけているでもない、色白の指。

 額が熱い。そこから流れ込む記憶。


「行け。そして、歴史に名を刻め――」