瑛先生、さっきからなんだか変なの。
腕を組んで考えてばかり。
悩みでもあるのかな?
しばらくそうしていたけど、「うん、決めた」 と言ってから、
お稽古のあと、まだ残っていた蒼さんを呼んだ。
わたし、追い出されちゃうのかな? と思ったけど、先生は何にも言わなくて、
だからいつもの椅子の上に座ってじっとしてた。
やってきた蒼さんは一人だった。
透くんは龍之介さんが見てるんだって。
「失礼します」
「どうぞ、そこに座って」
「花井さん」
「はい」
「人の気持ちは思うようにいきませんね」
「そうですね……あの、なにか?」
瑛先生はそこで、ふぅっと大きく息を吐いて、蒼さんを見たの。
えっ、まさか蒼さんに告白するの?
ダメダメ、先生はわたしのものなのに!
「あなたとの約束を守れそうにありません。
花井さんのことを、彼に話してもいいですか」
「えっ」
「あいつは、あなたが未婚の母だと思っている。だけど本当は違う」
「でも、それは」
「真剣な龍之介の想いを、何とかしてやりたい」
「龍之介さん……」
「僕にとってあなたも大事な生徒さんだが、龍之介も大事な友人です。
龍之介のことを、どう思っていますか」
「あの……」
「好きですか、嫌いですか」
「嫌いなんて、そんな……」
「では、好きなんですね」
ドキドキ……
蒼さん、なんて返事をするのかな。
「私……好きです……すごく好きです」
「それを聞いて安心しました」
わぁっ、蒼さんの告白を聞いちゃった!
廊下から、ガタンっと、大きな音がした。
先生がドアを開けると、そこに深澤さんが立ってたの。
大きな目はもっと大きく見開かれて、口に手を当てて……
くるっと背を向けて、走っていった。
先生、この前みたいに深澤さんを追いかけるのかな? と思ったら、
大きなため息をついて、困ったな……って言っただけ。
どうして先生が困るの?
うーん、またわかんなくなってきちゃった。



