一目惚れしてから、どうしたら彼女に会えるかを考えた。

稽古日にしか会えないのなら、俺も稽古を始めようと思った。

とんでもなく優柔不断な理由で書道入門を決めたが、瑛は 

「理由はなんだっていいよ」 と、俺が書を習うことを歓迎してくれた。


稽古のとき座るのは彼女の横。

時々話しかけるが、かえってくるのは最低限の返事だけ。

それでも、なんとか親しくなりたくて名前で呼んでもいいかと聞くと、笑顔が

返ってきた。

嬉しくて舞い上がった俺が 「蒼ちゃん」 と呼びかけると、それはびっくり

した顔をしたが、「はい」 って可愛く答えてくれた。

俺のことも名前でいいよと、ほとんど強制するように告げると、少し考えてか

ら名前を呼んでくれた。

蒼ちゃんから 『龍之介さん』 と呼ばれると、俺の胸は一気にピンクに染

まる。

だが、蒼ちゃん以外の人も俺を 『龍之介さん』 と呼ぶようになったのは

想定外だったが……




「蒼ちゃん、昼は仕事をしてるのかな」


「さぁ……」


「夜は出かけられないって言ってたけど、両親とか家族はいないのかな」


「さぁ……」


「瑛、おまえ知ってるんだろう? なんで教えてくれないんだよ」


「生徒さんのプライベートをしゃべるわけないだろう。聞かれても教えない」


「うっ……」



こんなときの瑛は手ごわい。

言わないといったら絶対言わないだろう。

作戦変更、これならどうだ!



「蒼ちゃん、いくつだろう。まだ若いよな」


「あぁ……」


「俺なんか、おじさんに見えるだろうな」


「そんなことはないと思う」


「そうか? いやいや、歳が15・6くらい違うだろうから、

俺はおじさんだよ」


「14歳違いだ」


「そうなんだ……」



ははっ、思ったとおりだ。

何事にもきちんとしている瑛は、一歳の差を訂正してきた。

だが、しかし……

14歳の年の差か、なかなかヘビーだな。

結局、俺は蒼ちゃんから見たら40前のおっさんだってこと。

恋愛対象にならない可能性大だ。


そして、俺にはもうひとつ気になることがある。

蒼ちゃんは、瑛を慕っているんじゃないかと疑っている。

師匠と弟子だから師弟間の愛情はあるだろうが、俺の目には師弟愛以上のもの

が二人のあいだにあるのではないかと感じられるのだ。

瑛はどこまでも師の立場で接しているようだが、ふとしたひょうしに見せる

彼女へのまなざしは愛情たっぷりだ。

また、蒼ちゃんが瑛を見る目にも尊敬以上のものが含まれている。

瑛が蒼ちゃんの愛情にこたえることになれば、俺なんて入る隙はない。


ライバルが瑛かよ。

はぁ……







「龍之介のヤツ、盛大にため息をついてたな」


”片思いって大変ね”


「蒼さんのこと、本当に好きなんだ。

まさか車を代えようなんて言い出すとは思わなかったけどね」


”わたしは賛成よ。だってあの大きな音、すごく迷惑だったんだもん”


「騒音対策にはなるな」



瑛先生もうるさいと思ってたのね。

ふふっ、わたしと一緒なんて嬉しい。



「龍之介の気持ちを応援してやりたいが……

蒼さんの秘密を話すわけにはいかないし、困ったな」


”どうしちゃったの? 応援できないの?”



腕組みをしたまま、瑛先生は壁をじっと見つめている。

花井蒼さんにどんな秘密があるのかな。

すごく気になってきちゃった。