「幼稚園の頃だったかなぁ。ねえ、覚えてる?ふたりで街を冒険したこと」

答は帰ってこない。
それでも、誠は続ける。

「すみれちゃん、結局泣いちゃったよね。お家に帰りたいって」

なにがすみれをこんな状態にしたのか。
誠にはすぐにわかった。

「弟さんが生まれたときはすごくうれしそうだった」

それは、家族の記憶。
幸せだった頃の、思い出。

「お父さんの誕生日にプレゼントあげるんだって、お小遣い貯めてたっけ」

すみれにとって、家族は何よりも大切なものだった。彼女のそういう性質はよく分かっているつもりだった。

「……でも、みんな死んでしまって…」

夢のなかなら、死んだ家族に会える。
あの穏やかで幸福な日々を取り戻せる。

すみれの精神はこれからも未来永劫、幸せな夢のなかを漂うだろう。
それが虚構であると知りながらも。

「……辛かっただろうね。寂しかっただろうね」

それが、すみれ自身の選択。
紛れもない、彼女の意志。
そこに他人の思いなど入り込む余地はない。

わかっていた。
わかっていたけど、どうしようもなく、悲しかった。

「……言ってくれれば…力になれたのに…ひとりで抱えこむ必要ないのに……」

あの時、せめてひとこと、淋しいと言ってくれれば。
信じて、頼ってくれれば。

「僕じゃ、力不足だったかな…?」

君を思っている人は、こんなに近くにいるのに。

どうして君は、遠くに行ってしまったのだろう。





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